【番外編】にピの考察 「時をかけた!?ラワン材写真を追え!!」

こんにちは。和気産業 メディアプロモーション室の にピ です。
普段は和気産業SNSでの情報発信や子ども向けワークショップに加えて、歴史ブログの更新や、会社に残された過去の資料や写真の整理も担当しています。

さて、先日投稿した「「日曜大工」にかけた、孤独な5年間の片道切符。未だ見ぬDIYブームへの序曲」の記事。


この記事を書くにあたって、改めて社史と整理した写真を見比べていると、あることに気づいたのです。

左が社史(65年史と80年史)に掲載されている「第7回大阪金物連合見本市のラワン材の展示」の写真。
右が裏面に第7回大阪金物連合見本市の開催日である「40.9.22」というハンコが捺されている、社内に残された写真。

これ、同じ日の展示じゃなくないか、と。

同じように展示会で木材を展示している写真ですが、よく見ると違いがたくさんあるのです。
一番わかりやすい違いは、「ぼくとパパの日曜大工」の文字が左の写真にはないこと。

ラワン材の横に立つ和気博史氏の写真とラワン材の横に立つ社員さんの写真の比較

見本市の会期中に剥がれたのか?それとも途中でつけたのか?とも考えましたが、右の写真を見る限り、左の写真のようにラワン材の左側に立つスペースはない上に、背景も違うので、これは別日の写真なのではないかと考えました。

【謎①】1965年の写真はどっち?

では一体どちらが1965年の「第7回大阪金物連合見本市」の写真なのか?

1人でぐるぐる考えて迷宮入りしてしまう前に、社史を読み直してみました。すると、以下のような記載がありました。

「40年9月、第7回大阪金物連合見本市が、大阪国際見本市港会場1、2号館で行われ、1万7000人の来場者を集めた。メーカー館と卸問屋館を分けたのも効果を高めた。当社はこのとき初めて『ぼくとパパの日曜大工』というキャッチフレーズを使って、大工用品を展示した。スーパーや小売店への啓蒙を主な目的とした。特筆すべきことは、このとき初めて出品した『規格ラワン材』が特選を受賞していることである。」 
(「まいどおおきに 和気産業65年のあゆみ 」72頁より引用)

1965年9月に「ぼくとパパの日曜大工」のキャッチフレーズが初登場。
つまり右の写真は1965年9月以降。そして先述の通り、この写真の裏には「40(昭和40年=1965年).9.22」と印字があります。 年表を見たところ、第7回大阪金物連合見本市は1965年9月21日と22日に開催されたようなので、右の写真は間違いなく第7回大阪金物連合見本市のものだと判断しました。 

【謎②】もう1枚はいつの写真?

では、社史に載っていた方の写真はいつなのか。
「ぼくとパパの日曜大工」の文字がないことから1965年以前とも考えられますし、65年以降だけど、ただ貼ってなかっただけの可能性もあります。

写真の原本が残っていれば、裏面に残された何かしらのメモや一緒に保存されている写真がヒントになるのかもしれませんが、手元にないのでどうしようもありません。しかも1960年代初頭は大阪金物連合見本市のほかにスーパー振興総合見本市や大栄会見本市など、さまざまな見本市に出展していた頃……

「似てるけどちょっと違う」という、大量にある60年以上前の見本市の写真が視線の先を滑り落ちていきます。
もうダメか……いくらなんでも絞るにはあの写真だけではヒントが少なすぎるぞ……と思ったそのとき。

1964年の大阪金物連合見本市でのラワン材の展示の写真

!!!!!!!

ポケットアルバムに突如現れたのは、ツインタワーの如くそびえ立つ、ラワン材の写真

しかもご丁寧に、別角度も合わせて合計3枚もありました。

これら3枚と、社史に載っていたラワン材と和気博史氏の写真を見比べてみます。

ラワン材の横に立つ和気博史氏の写真と1964年の大阪金物連合見本市でのラワン材の展示の写真3枚の比較

①「ぼくとパパの日曜大工」のPOPがないこと
②「株式会社」が「株式」で改行されていること
③ラワン材の後ろの棚にはやかんが並んでいること
④ラワン材に「特選品」と貼られていること

ラワン材の左側が空いていて立つスペースがあることも含めて、社史に掲載されていたラワン材の展示写真と一致する点が多く見受けられます。

では、このツインタワー風ラワン材の写真たちはいつ撮られたものなのか。
2枚目の白黒写真の裏側には「昭和39年9月3日」との印字がありました。年表によると、昭和39年(=1964年)9月には大阪金物連合見本市が開催されていたようです(年表には日付までは書かれていませんが、9月16日・17日開催の第1回スーパー振興総合見本市より前に書かれているので9月前半開催と思われます)。
日付が概ね一致することから、これら3枚の写真は大阪金物連合見本市での写真だと断定しました。 

以上のことから、社史に載っていた「ぼくとパパの日曜大工」のPOPのないラワン材展示の写真も、1964年9月の大阪金物連合見本市のものであると考えました。

にピの考察

以上の写真から考えられるのは、ラワン材は1964年9月の大阪金物連合見本市でまず最初に展示され、その後翌年の第7回大阪金物連合見本市にも展示されたということです。

そして2度目の展示の際に「ぼくとパパの日曜大工」のキャッチフレーズを初めて使い、和気商店の取扱商品の中で、家庭金物とは別で「日曜大工」という新たなジャンルを確立させようとしていたのではないでしょうか。
本編でも触れたとおり、当時は和気博史氏が日曜大工用品の取り扱いもこれから増やそうと考えて動いていたものの、なかなか周囲には日曜大工用品が馴染めていなかった頃。キャッチフレーズを用いて、日曜大工をより身近に感じられるようにする戦略が、見事に「大阪金物連合見本市の特選」として実を結んだのではないでしょうか。

なお、1964年の大阪金物連合見本市の写真のうち、白黒の写真のみがラワン材の向きが異なっていたり、ラワン材の右側の棚に置かれているものが他2枚の写真とは少し異なっていたりし、「特選品」という貼り紙も見受けられません。後ろの展示など、ほとんどの部分は変化がないため、3枚とも同じ見本市での写真だとは思いますが、なぜ木材の向きが変わっているのかは不明なままです。
また、1964年からラワン材の展示が行われていることは、1965年の大阪金物連合見本市について触れている社史の文章の「このとき初めて出品した『規格ラワン材』」という表現と相違が見られます。

60年以上前ということで、残された資料からでしか推測できない状況のため、多少の謎は残りますが、写真の内容と裏面の日付印字から推測するに、「大阪金物連合見本市の特選」受賞は日曜大工用品展示2年目にして悲願の達成だったのではないでしょうか。