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DIY時代の幕開け、日曜大工総合商社からDIY専門商社へ

DIY時代の幕開けに向けて

辻本日曜大工センター

和気産業が手掛けた最初の日曜大工専門店「辻本日曜大工センター」(大阪市大正区)

昭和47年(1972年)、創業50周年を迎えるとともに、和気博史専務が社長に就任。日曜大工からDIYへの転換期を迎えることとなる。

DIYブームの到来を予測し、かねてより百貨店、スーパーマーケットへ販売コーナーの設置を進める一方で、日曜大工用品専門店の育成にも努めてきた博史。当時、日曜大工用品を取り扱う全国の得意先は、およそ470店にものぼった。

さらにこの年から、日曜大工店へフランチャイズ方式を採用。店舗設計の統一、一括仕入れの推進など、経営の強化を図った。また、社内でも企画室を新設し、従来の日曜大工=大工用品という古い概念から脱皮する、DIY時代にふさわしいオリジナル商品の開発にも力を入れた。新しい時代を迎える準備は着々と進行していた。

日曜大工総合商社からDIY専門商社へ

東京営業所

東京営業所(東京都板橋区)

日本で初めてのホームセンター

日本で初めてのホームセンター「Do it yourself1号店」

このころアメリカでは、都市郊外型のホームセンタービジネスが成長期を迎えており、DIYをHI(Home Improvement=住宅をはじめとする生活環境の改善)という観点からとらえる、新しい産業として確立していた。

昭和45年(1970年)に開設していた東京営業所が、日曜大工店との取り引きを始めたのは、昭和47年(1972年)開店の「新宿日曜大工総合センター」が最初であった。そして、同年、日本で最初のアメリカンスタイルの本格的なホームセンター「Do it yourself1号店」(のちにDo it yourselfドイト店に変更)が埼玉県与野市(現・さいたま市)郊外に誕生。和気産業もさまざまな商品を納入することとなる。

ドイト与野店オープンを皮切りに、当時増加していた日曜大工専門店に変わり、生活用品全般を扱うホームセンターが急増。住まいの空間をよりよくするためのアイテム、すなわちDIY用品が一般の生活者でも気軽に手に入れられるようになった。わが国にも、本格的なDIY時代が到来したのである。

DIY専門商社としての飛躍。海外経済視察団も次々と来社

当社ショウルーム

当社ショウルーム

アメリカ視察団の来社

アメリカ視察団の来社

セメダインホワイトS

セメダインホワイトS(昭和55年発売)容器が逆さになっており、使い切ることができる

ニューカラーボックス

ニューカラーボックス(昭和57年発売)工具箱にファッション性を持たせ、小物入れとしても使えるようにした

昭和52年(1977年)、DIY市場の育成、発展を目的とした「日本DIY協会」が設立される。和気博史は副会長に就任。日本におけるDIY業界の草分け的存在として、その普及活動に尽力する。

また、創業55周年を迎え、本社新社屋が完成したのもこの年であった。新設されたショウルームでは、「和気産業株式会社第1回DIYショウ」を開催。自社開発商品や、創造性に富んだディスプレーが好評を博し、その後もショウルームは和気産業の提案、情報発信の場として大いに活用されることとなった。

昭和50年代に入ると、海外から各種経済視察団が、多数来日するようになる。そのうち、DIY関係の視察団が訪日する際には、和気産業への視察が日程に加えられるようになった。中国、西ドイツ、そしてDIY産業の先進国、アメリカからも。昭和56年(1981年)には、アメリカDIY商品の普及に努めた功績が認められ、ついに米国政府より感謝状が授与されるにいたった。

消費者のニーズをとらえたDIY商品の開発にも、積極的に取り組んでいった。昭和53年(1978年)から毎年開催されていた、社団法人日本DIY協会主催の「日本DO IT YOURSELFショウ」には毎回出展。このほか「ジャパンホームセンターショウ」など、全国各地で開催されるDIY関連のイベントに精力的に参加。セメダイン株式会社との共同開発による「セメダインホワイトS」や、「ニューカラーボックス」といったアイデアにあふれた商品を続々と生み出し、話題を呼んだ。
家庭金物から日曜大工、そしてDIYへ。日本のDIY業界を切り拓き、その歴史とともに歩んできた和気産業。商品開発機能を持った新時代のDIY専門商社へと、さらなる進化は続いていく。

DIYはここから始まった

日本のDIYは
和気産業からはじまった

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DIY専門
商社としての発展

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和気産業の情報発信

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